一九三○年代のアメリカでも金融政策はまったく効かなくなり、そこで生まれたのが「流動性」という表現だった。
当時も資産価格の大暴落からバランスシート不況が発生しており、そのような局面では、金融政策は効かないことが証明されていたのである。
つまり、量的緩和もインフレターゲットも、バランスシート不況下では「銀行の背任行為」を前提にしなければまったく機能する理由はないわけで、この意味ではまったく非現実的な提案であると言わねばならない。
Nが、最初から効く理由のない、そのような政策に乗ろうとしないのは当然なことなのである。
てインフレになるから貸出基準をインフレになったという前提で緩和しなさいというのは、極めて乱暴で無責任な話である。
しかし、金融機関が、実際にインフレが確認されるまでは今の行動を変えないということであれば、前述の一○兆円の預金がNから来ても、銀行は行動を変えないわけだから、実際にはこれまで通り一兆円の貸し出ししか実体経済には回らないことになる。
ということは、現状に比べ、誰も行動を変えていないわけだから、インフレになる理由もまったくないということに比べ、になる。
それでは、前述の残りの九兆円はどうなるかだが、これが実際に経済に回るとすれば、それは唯一、政府が財政赤字を出し、そこで発行された国債を銀行が買った時だろう。
そこで銀行が国債を買うということは、Nが供給したお金が金融機関を離れることができ、そこで政府がそのお金を使えば、ここから新しい支出・所得の循環が始まるからである。
つまり、一回誰かが、Nが金融機関に供給した資金を借りて金融機関から引っぱり出してくれれば、その資金は、(再び金融機関に「借金返済」という形で戻ってくるまで)ずっと経済のなかで支出・所得を生みながら回っていく。
もちろん、毎回の取引の数パーセントは企業の利益となり、そこからの一部は企業の借金返済として金融機関に戻ってこよう。
この戻ってくる部分は支出・所得の循環からもれる部分であるが、政府が借りて使った金額が全額金融機関に戻るには、かなりの数の取引が必要であろう。
その間、このお金はマネーサプライの一部として景気を下支えすることになるのである。
こうしてみると、政府が財政赤字を出し、金融機関がそこで発生した国債を買っていたことが、いかにこれまでの日本の景気とマネーサプライの維持に不可欠な役割を担っていたかがわかる。
現在のマネーサプライは政府が財政赤字を出して国債を発行しているから、かろうじてつまり、政府がその穴埋めをやらなかったことが、景気の悪化とマネーサプライの減少の両方を、実体面、金融面でそれぞれ引き起こしてしまったのである。
こうして見ると、現在の日本の金融政策も、実は財政政策が支えていることになる。
という実際に、米国が大恐慌に突入する一九二九〜三三年の間、当時のF大統領は、民間資金需要が激減しているにもかかわらず、積極財政で景気を下支えすることを拒否したが、その結果米国のマネーサプライもGDPも四割も減少してしまったのである。
このことを弓彦の大恐慌をテーマにした名著に記したミルトン・フリードマン教授は、当時のF政権が銀行の淘汰を許し、全米で多くの銀行が潰れたことが、マネーサプライが四割も減少してしまった原因であると述べている。
このことは前にも触れた通りである。
しかし実際は、信用力のある借り手が、借りなくなったどころか借金返済に回り、その資金需要の落ち込みを政府が埋めなかったことが、もっと深い要因ではなかったかと思われる。
維持されているのである。
もしもこの間、国債が発行されていなかったら、マネーサプライは現在に比べ、それこそ激減していたと思われるのである。
この事実は、今の日本では、政府が緊縮財政に走って失われる需要を、Nの金融緩和で穴埋めするということがまったく不可能であることを意味する。
今、唯一お金の借り手である政府がその役割を放棄したら、どんなにNが資金を金融機関に供給しても、そのお金が金融機関の外へ出回るメカニズムがなくなってしまうからである。
したがって、「政府が財政再建を含む構造改革を進めるから、そこで発生するデフレギャップをNが埋めるべきだ」という主張は、民間資金需要のある通常の経済なら可能だが、バランスシート不況下で民間資金需要が極度に落ち込んでいる今の日本では、不可能であると言わねばならない。
その意味では、Nが「政府が構造改革を進めるなら、我々も一層の金融緩和をして景気の下支えに回る」というのも現実には空手形にすぎないことがわかる。
民間の資金需要が激減し、唯一の大手の借り手が政府という現状では、Nの供給した資金が生きるか死ぬかは、すべて民間資金需要のない現状では、財政を拡大すれば、その分これまでの金融緩和の効果も拡大するが、逆に財政再建に向かえば、その分だけこれまでの金融緩和の効果も落ちるということになるのである。
ところで、金融や金融政策の実態を知らない政治家や評論家の多くは、Nが量的緩和でお金をどんどん供給すれば、その分民間は「お金持ち」になるのだから、景気は良くなると思っているが、これはとんでもない間違いである。
Nを含む各国Cの資金供給とは、Cが民間から国債や社債といった金融資産を買い上げ、その支払い代金として現金を民間に払い込む行為である。
Nが買えるのは国債や社債、コマーシャル・ペーパー(CP)といった金融資産であって、その代わりにNは現金をこれらの売り手に渡すことになる。
Nに売れるような金融資産を持っているのは当然、金融機関ということになる。
したがって金融緩和ということは、Nが銀行や生命保険会社が保有している国債を買い、その代わりに彼らに現金を手渡すことなのである。
政府の財政政策にかかっているのである。
ということは、これら民間金融機関にとってNの金融緩和とは、持っていた国債が同価値の現金に変わっただけであり、金融緩和で民間全体がリッチになるわけではない。
金融や金融政策の実態を知らない多くの人たちは、Nが量的緩和措置でお金をたくさん供給すれば、その分民間はリッチになるのだから景気は良くなると思っているが、そうはならないのである。
金融機関が持っていた国債が現金に化けただけで、民間全体の富が増えたわけではないのである(厳密には、これまで買いに来なかったNが新たに買いに来ることで、そうでない状況に比べ、購入対象の金融資産が若干値上りするが、その規模は経済全体で見れば極めて微々たるものである)。
Nは国債をどんどん買い入れて民間に資金を供給することはできるが、みずから金融資産以外のモノやサービスを買うことはできないのである。
Cが、自分で印刷した紙幣で洗稲機や自動車などを手当たり次第に買うことができれば、それだけで景気は良くはなるだろう。
しかし、どこの国のCにもそのような権限は与えられていない。
そのようなお金を使う権限を持っているのは、当然のことながら国民に選ばれた政府である。
お金の使い方は、Cではなく、国民に選ばれた政府が決めるべきだからである。
政府は洗濯機から戦闘機まで買えるが、Cは買えないのである。
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